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かなりマニアックな博物館の紹介です。

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このブログの開設経緯
管理人が過去に行った博物館やイベントの報告をしています。HPを作ろうとホームページビルダーを買いましたが、面倒なのでブログにしました。掲載の時系列には意味がありません。行った博物館の種類は右のカテゴリーで分類しています。気の向くままに更新します。これを見て、行って見たいなと思ったらすぐに旅行の準備を始めましょう! →管理人の日常生態はこちら
このブログの構造
右のカテゴリの【概要】には旅行の概要を示しています。対応する【本編】があります。【本編】を順番に見ていっても、【概要】のリンクを辿っても中身は同じです。博物館の種類別にリンクをまとめた【分類】というカテゴリを作る予定です。
HOME【本編】12年トルコ旅行の記事
2024-04-28-Sun 14:05:02 │EDIT
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2012-11-11-Sun 22:55:57 │EDIT
トプカピ宮殿近くの博物館エリアには考古学博物館、古代オリエント博物館、陶磁器博物館の3つの建物があります。中でも考古学博物館は一日あっても見切れないぐらいの膨大なコレクションがあります。2時間ほどしか滞在しなかったので、考古学博物館を中心にざっとしか見れませんでした。古代オリエント博物館には古代エジプト、メソポタミア、ヒッタイトなどの展示がありました。

考古学博物館入り口の像。詳細どこかで読んだ記憶があるものの調査中。


アレキサンダーの石棺。本人の石棺では無いと後に判ったらしいですが、彫刻はすごい迫力があります。


アレキサンダーの石棺のレリーフ。




着色復元模型。


ローマ時代の石棺


レリーフの展示室。


グラディエーター、剣闘士のレリーフ



2012年7-8月トルコ旅行目次へ
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2012-11-04-Sun 23:30:20 │EDIT
トルコ系の騎馬民族の歴史から、オスマン帝国時代、第一次世界大戦~現代までの武器や歴史の説明が延々とあります。解説や展示物を全て見て回ろうとするなら1日では足りません。ただ、観光客のお目当ては軍楽隊のコンサートのようでした。トルコ語でMehter(メフテル)と言い、オスマン軍楽、トルコ軍楽と訳されることが多いようです。CDも売っていたので買ってきましたが、生演奏のほうが何倍も良かったです。



広場にある大砲(第一次世界大戦時のもの)


入り口にある、オスマン帝国がイスタンブール攻城戦のために作ったといわれる大砲。由来が明らかな当時の大砲はウルバン砲といって、何故か今はイギリスのポーツマス王立兵器庫にあるそう。


騎馬民族の歴史説明(解説読んでこなかったのでどのような歴史的シーンを再現ししているのか不明・・・)


騎兵の武器、隊列の作り方。


オスマン帝国版図。


中世の斧。漫画のベルセルクに出てくる人が使ってそうな武器も大量に展示してありました。


軍事博物館へはガラタ橋付近からガラタ塔を見学し、イスティクラル通りを歩いて向かいました。イスティクラル通りはイスタンブールの銀座と呼ばれるような繁華街で、色々な店が並んでいます。トルコで流行しているものをお土産にしたかったら此処に来ると良いかもしれません。







2012年7-8月トルコ旅行目次へ

【分類】軍事、自然科学系博物館一覧
2012-10-08-Mon 20:46:10 │EDIT
現在は市街の中に埋もれてしまっていますが、現在の新市街側にあったジェノバ人居住区の外壁沿いにあった塔です。中にはエレベータがあり、上階のカフェや展望台へ行けます。夜は毎晩ベリーダンスショーをしています。



1453年のイスタンブール(当時はコンスタンティノープル)包囲戦のジェノバ人居住区の模型。中央上が当時のガラタ塔。左側の金角湾は鎖で封鎖されていたので、オスマン軍は陸地沿いの船を運んで封鎖を突破しました。


ガラタ塔からのパノラマ画像。金角湾越しに旧市街を望む。向かって左側の橋がガラタ橋。サバサンドがおいしかったです。




ガラタ橋付近のサバサンド屋台。


フランスパンと鯖を焼いてサンドイッチを作ってくれます。


スパイスが効いていて、トルコ旅行中で一番美味しい食べものでした。


ガラタ橋付近の魚屋。


ガラタ橋にいる釣り人。



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2012-10-08-Mon 20:22:45 │EDIT
キリスト教の大聖堂として西暦537年に建てられ、その後のオスマン帝国時代はモスク、現在は博物館として管理されているアヤソフィアです。
キリスト教の施設でもなく、イスラムの施設でもないただの博物館という状態にしておくという判断は、宗教間での争いを抑えるためには賢明なものだったと思います。

モスク時代には漆喰で覆われていたキリスト教のモザイク画と、イスラムの装飾が混在するすばらしい建築物です。

入り口付近。色の付いた大理石で柱や壁が装飾されています。


正面下はミフラーブ(メッカの方向を示す設備)、ドームには聖母子像。


ドームの聖母子像と天使ガブリエル。


2階へ上がるスロープが右奥にあり、オスマン帝国の貴賓は小さい馬車でスロープを通った。


アレキサンダー像。


ミフラーブはメッカの方向を向いているので、建物の中心とは、ずれています。


聖母子と皇帝ヨハネス2世コムネノス夫婦。


側廊。


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2012-10-08-Mon 18:09:56 │EDIT
セルチュク市内にある考古学博物館です。エフェソス遺跡から出土した古代ギリシャ、ローマ時代の彫像、石棺、ガラス瓶、コインから近代のトルコ人の暮らしを展示したコーナーなどがありました。



バラの香水を作る設備とその説明。


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